ドイツクリスマス市を訪ねて2011

ポツダム

1945年 7月17日~8月8日に開かれたポツダム会談。

アメリカ大統領、トルーマン・イギリスの首相、チャーチル・ソビエト連邦のスターリンの3人が集まって、抗戦を続ける日本への対応と第二次世界大戦の戦後処理について話し合われたツェツィーリエンホーフ宮殿があるポツダムへ飛行機に乗る前にに行きました。

ベルリンからポツダムは、Sバーンで20分程度。時間帯にもよりますが、ほぼ20分間隔で運転しています。ポツダム中央駅までのアクセスはいいのですが、そのあとが大変。歩いてまわれる範囲ではありません。3時間半くらいで、ポツダムの見所を回る観光バスがあり、一生懸命客引きするおじさんがいて、自分たちだけでまわれば、1箇所だけになりそうので、それに乗ることにしました。 

申し込んだのが、1番だったので、一番前の席を確保。ガイドさんは、若くてとっても可愛い子でした。英語とスペイン語で説明していました。

バスの中は、英語・イタリア語・フランス語・スペイン語のイヤホンガイドはありましたが、残念ながら日本語は、なし。

中身はよくわからず、こんなところなんだという景色を見るだけでしたが、それなりに楽しかったです。下車して見たのは、3箇所(ツェツィーリエンホーフ宮殿、サンスーシ宮殿、シャルロッテンホーフ宮殿、いずれも外のみ)ですが、バスは、ゆっくりゆっくり走り、見所があると、徐行したり、一時停止をしてくれます。

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(左)乗ったバス、夏場のシーズン中は、天井を取って走るらしく、とってつけたような屋根で隙間風が入ってきて、寒かった。

(中)ポツダム映画博物館 (バスの中から)

(右)三者会談が行われた部屋(外からのぞいただけ)

このツェツィーリエンホーフ宮殿は、一部ホテルやレストランになっているそうです。

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< サンスーシ宮殿>

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<シャルロッテンホーフ宮殿>

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全部まわったあと、バスは駅へ戻るが、さんスーシ宮殿・クリスマスマーケットなどがあるにぎやかなところの2箇所で下車でき、その後は、観光バスのチケットで普通のバスに乗れるようである。

ベルリン楽器博物館

ベルリン最後の記事は、<ベルリン楽器博物館>です。

ヨーロッパへ行くと、大体どこの国にも楽器博物館があります。どこの国にも、有名な音楽家・作曲家がいるから、また、音楽は、ヨーロッパの歴史と繋がっているからでしょう。さらに、楽器をとても大切にするのだと思います。

ベルリンにも大規模の楽器博物館があります。

フィルハーモニーホールの隣にあります。入り口は、フィルハーモニーホール側ではなく、反対側、大きな通りに面した方(ソニーセンター側)です。間違って1周する羽目になると、結構時間がかかるので、要注意。幸いにも、何かで入り口の説明を読んでいたので、迷わずにたどりつきました。

木曜日は、22:00まで開館していて、18:00以降は、入場無料。

写真は、OK.但し、フラッシュは、禁止。

中へ入っていくと、オルガンの音が聞こえてきます。

小学生くらいの子どもたちが、勉強中でした。

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今回、初めて見た楽器、今でもとっても気になっている楽器。

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どうやって音を出すのだろう、

どんな音が出るのだろう、 

ものすごく興味があります。たまたま、説明書がおいてあったので、もらってきたのですが、ドイツ語なので、チンプンカンプン。

「ドイツ語なら、訳してみよう」というかた、コメントください。コピーを送ります。

コメントは、メッセージとなり、そのまま表示されるわけではありません。

フランクフルトのゲーテハウスにあったオルガン。蓋が閉まっていたので、中は、どうなっているんだろうとみんなで話したオルガン、たぶんこういうものだと思います。

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左側だけ、鍵盤。右は、音を出す弦が張ってあります。

(写真は、クリックすると大きくなります。)

さて、この楽器、どこかちょっと変じゃないですか?

鍵盤の色が、今の楽器と逆なのです。

他にも、たくさんありました。

                                         

                                                            

                                            

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どうしてなのでしょう?

詳しくは知りませんが、白と黒のほか、白の部分がナチュラルな木の色の楽器もあるそうです。また、昔の楽器の鍵盤は、全て今の鍵盤の色と逆かというと、そうともかぎらないのだそうです。

今と逆の鍵盤、(ナチュラルが黒・#キーが白)という楽器は、18世紀、フランスで一般化したそうです。(フレンチ、フランス式) これに対し、イタリアでは、今と同じ鍵盤が主流だったらしいです。18世紀のフランスといえば、ルイ王朝の全盛時代、宮廷で王室や貴族たちが演奏し、王妃や令嬢たちも演奏すことがあったようです。このため、「女性の手が白く美しくみえるように、数の多いナチュラルキーを黒くした」という説があるそうです。

でも、これは、ちょっと信じがたい気もします。貴族が、命じて特別に作らせるのですから、ありえない話ではないけれど・・・

当時は、どんな素材で作っていたのか?

白鍵盤は、牛骨、黒鍵盤は、紫檀、当然、重さに差が出ますよね。これは、鍵盤のタッチ、に影響を及ぼします。チェンバロ(フランスでは、クラヴサン)は、鍵盤を押して、先の爪が弦をはじいて音を出す、その後、鍵盤は、元に戻らねばなりません。鍵盤が元にもどるというバランスが必要で、重い素材の鍵盤だとタッチも重くなり、指や手に負担がかかってきます。王族の女性や貴族の令嬢が演奏するのだから、きっと軽くないとダメなのでしょう・・

牛骨と紫檀は、どちらが重いか??

当時の楽器製作技術や素材では、牛骨の方が重く出来あがったようなのです。それで、使う頻度の高いナチュラルキーを黒い紫檀で、作ったのではないか、という説があるようです。

もっと、もっと調べると、いろいろな理由があるのかもしれません。

だって、こんなものあったのですから。

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他に、珍しかったのは、バンドネオンとアコーディオン

地下の暗い部屋で、ガラスケースに入っていたので、写真は、ぼけてますが・・・

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これらも、ルーツを調べると、きっと面白いことが、たくさんあるのだろうと思います。 他にもたくさん珍しいものがあります。 アルバムをどうぞ。 ↓ (クリックすると、開き、左上のスライドショーをクリックしてご覧ください)

ベルリン楽器博物館

Ka De WE

<Ka De We (カー デー ベー)>

これは、ドイツのデパートです。(日本橋三越か新宿伊勢丹かというイメージ)

さすが、老舗デパート、日本語のフロアガイドありました。

ドイツブランド<MONTBLANC>>へ行ってみました。値段を見て、超 びっくり。万年筆、高くなったんですね。もちろん、モンブランのなかでも、最高級ランクを並べているのでしょうが、本当にびっくりしました。あまりに驚いたため、新宿伊勢丹へ見にいったら、やっぱり、同じ。片手では、買えません。

持っている万年筆、安いものだけど大事にしようとあらためて思いました。

家庭用品売り場、面白いものがいろいろ、

デザインがしゃれている、機能・使い勝手がよさそうなものを見ました。例えば、麦茶冷やしなど取っ手や形に工夫があり、冷蔵庫で邪魔にならず、テーブルで使いやすくみたいな・・・

紙ナプキンもデザインがいろいろです。こちらのレストランでは、必ずといっていいほど、ナプキンがついています。(紙、布は問わず)そのかわり、お絞りは、ありません。日本だと、お絞りはあるけと、ナプキンは、ある程度のレストランでないとありません。文化、習慣の違いですね。

婦人雑貨売り場で、手袋やマフラーをみました。

暖かそうと思うものは、たくさんあったけど、やはり、デパートだからか、安くはない。それでいて、ものすご~くおしゃれというわけでもない。というのが、正直な感想。

機能重視なのでしょうか?

紳士雑貨売り場で、ネクタイをみました。やっぱり、いまいち。

デパ地下なるものがどうなっているのか、(みんな主婦なので、このあたりのことには、とても興味がある)行きたかったけど、日本と違い、6階(日本の7階)なので、また、上がるのも面倒だし、時間もなくなってきたので、やめました。

ファッションに関して言えば、ショーウインドをあまり見かけませんでした。日本だと、通りを歩いていたら、一つ、二つは必ず、洋服やさんに出会うでしょ。それがなかったように思います。

私たちが歩いた通りが、たまたまそうだったのか?(観光地、博物館・大聖堂ばかりを見て回ったから)

お店はショッピングモールに集中しているため、通りにはあまりないのか、

そういえば、ガイドブックにもファッション関係の店は、あまり出てなくて、生活雑貨とか木工芸・皮工芸(鞄やハンドバックは、ドイツの有名なブランドがあるそうです) キッチン雑貨ばかりのように思えるのです。

バスの中で

バス停へ向かう頃には、雨も本降りになり、外は、まだ、5時前だったけど、真っ暗になった。

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20分ぐらい待っただろうか?ようやくバスが、やってきた。

やったーup 2階建てバスである。(ベルリンは、2階建てバスが、結構走っている。100番・200番のバスは、観光地を結ぶ路線なので、便利である。)

2階に上がると、一番前の左側が、空いていた。M子ちゃんとそこに座る。

バスの中は暖かく、外はとても寒いため、正面の窓ガラスがすぐに曇り、何も見えなくなるので、一番前に乗ったのはいいが、タオルハンカチで窓拭きに追われる始末。ハンカチは、絞るほどになった。でも、外がみたいから、せっせと拭いていた。

<ブランデンブルグ門><ジーゲスゾイレ> すぐ目の前に見えました。

私がちょっとガイドブックに目を通して、窓拭きをやめていたら、後ろのマダムが、「協力・協力」といって、前に来て拭いてくれた。

ツオー駅の少し前で降りたかったのだが、よくわからず、「どうする、どうする」と言っているうちに、終点に到着してしまった。なぜなら、お土産を買いに行きたかったのである。

外は暗いし、店の場所がわからず、どっちに行こうかと迷っていたとき、誰かが、「さっきのおばさんに聞こうとよ、」言い出して、立ち去ろうとしていたおばさん(失礼、マダム)を、呼び止め、さて、なんて聞こうか?」向こうもこちらの言いたいことを良く理解できず(そうよね、こちらが、まともに言ってないんだから、わかるはずもなく)、でも、窓拭きの一件から、一生懸命理解しようとしてくれて、こちらをも、単語をいろいろならべていたら、<shopping >と<Ka De We (かー でー べー)> で、理解してくれた。

お店であれば、どこでもよかったので、というか、私個人的には、<Ka De We >には、ぜひ行ってみたかったので、そこで買い物しようということになった。

続きは明日

ベルリン大聖堂

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ペルガモン博物館をみて、ちょっと休憩。

ビールを飲んで、元気をだして、ベルリン大聖堂へ行きました。

この大聖堂も第2次世界大戦で被害をうけ、1993年修復完了。教会なのだが、入場料をはらったように思う。

探したら、入場券が出てきまいた。(7€)

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休憩している間に、雨が降り始めたので、外観の写真はありません。

とってもかっこいいというか、重々しいというか、立派な聖堂でした。

中へ入ると、オーケストラと合唱の練習が行われていました。

音楽学校か何かのように感じました。先生と思われる方も何人もいらっしゃっいます。

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偶然、一人で来たという日本人女性に会いました。

最初は、前から5~6番目くらいで聞いていたのですが、天井をみて、ふと思うことがあって、後ろへいったら、・・・

ものすごい響きなのです。というのは、この大聖堂は、ドーム上の屋根になっています。(別名:ベルリンドーム)

ステージとなっている(オーケストラや合唱の人たちがいる場所)の上は、低い小さなドームになっていて、客席の上は、大きなドームになっているので、演奏した音楽が、小さなドームで響き、さらに大きなドームの天井へ上がっていったのではないかと思います。

前で聞いていたときとは、全く違う響きでした。演奏者もさぞかし気持ちがいいだろうなと思いました。

パイプオルガンの音は聞けなかったけど、きっと、いい音色で響き渡るのでしょう。

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ここは、王家のお墓があります。ちっちゃな(子どもの)お墓もありました。

ベルリン大聖堂を出たら、かなり強い雨。途中にあったクリスマスマーケットを一回りして、バスで帰ることにしました。雨だとクリマスマーケットも人があまりいません。

ベルリンといえば(4)

ベルリンには、博物館が数多くある。

シュプレー川の中州に5つの博物館が集まり、1999年に世界遺産に登録された博物館島。

一番有名なのは、ペルガモン博物館。一部の展示が貸し出し中だったため?か、丸い円柱

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形の臨時の展示もあり。(一部別料金)

日本語オーディオガイドがあると書いてあったので、聞いたけど、ないとのこと。全部貸し出してしまったのか?日本語のパンフレット、会場案内図もなかった。

ガイドがあったら、どんなにわかりやすく、その価値が理解できただろうと思うと、ちょっと残念。

(写真は、クリックすると大きくなります。)                 

                                      

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<ペルガモンの大祭壇>

紀元前2世紀に古代ギリシアのペルガモンで建造されたといわれる大祭壇を再現。祭壇の周りには、ギリシア神話の神々や、戦いを題材にした浮き彫りがある。(右の写真 ↑ )

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<イシュタール門 ↓ >

紀元前6世紀頃のバビロニア王国の首都バビロンの北川入り口にあった門

本当は、もっと美しいブル-の色です。

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とにかく、スケールがでかい。

ここが、建物の中だということを忘れるくらい大きい。

他にも、いろいろ見たけど、・・・・・・

忘れちゃいました。

ベルリンといえば(3)

ベルリンといえば、普通の人は、やっぱり これですよね!!

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ブランデンブルグ門正面(統一ドイツの象徴)

このブランデンブルグ門は、1788-91年にプロイセン王国の「凱旋門」として、アテネの神殿の門を手本として作られた。

東西分裂時代は、門のすぐ傍に壁が築かれていたため、この門をくぐることは出来なかった。

バスから見たのだけれど、やっぱりくぐってみたくて、ポツダム広場から、北へ向かって歩き、くぐってきました。

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Pc085159 Pc085160 (写真は、くりっくすると、大きくなります)

右、二つの写真は、ホロスコート慰霊碑(ヨーロッパで殺害されたユダヤ人のための慰霊碑。2005年完成。2711本のコンクリートの柱が波打つように高さをかえて埋められている)

手前の方は、踏み台くらいの高さだけど、だんだん高くなって、背丈以上のところもあり、迷路のようでした。

ポツダム広場からブランデンブルグ門へ向う途中にあります。

ブランデンブルグ門のところは、Pariser Plalz (広場)になっていて、テレビ塔がちょうどみえました。

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写真左:テレビ塔 (展望台があり、のぼれるらしい)

写真中:正面の旗の立っている建物は、ドイツ連邦議会議事堂

写真右:ブランデンブルグ門 裏側

ブランデンブルグ門をくぐって、6月17日通りをひたすら西に向って歩く。6月17日通りは、片側、3~4車線、ものすごく大きな道だった。(ここに限らず、幹線道路は、最低でも片道3車線が、普通。)

左側にティーアガルテン(公園。もともとは、狩猟場。今は、イギリス式庭園に整備された。)

右に、こんなものを見ながら(何なのか、よくわかりません)、夕暮れの6月17日通りを、ひたすら歩きました。

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そして、薄暗くなってきたころ、ジーゲスゾイレ(戦勝記念塔)の天使に対面。

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半周したら、バス停があるはずだったのに、閉鎖されていて、とうとう、1周と4分の1くらい、このジーゲスゾイレ(戦勝記念塔)の周りを回ることになったのです。

<ジーゲスゾイレ(戦勝記念塔)=プロイセン王国の数々の戦勝を記念して1873年に完成。>

ベルリンといえば(2)

ベルリンといえば・・・

音楽が、クラシック音楽が、好きな人なら、そして、楽器を演奏する人なら、やっぱり <ベルリンフィル>でしょう。

幸運にも、聞くことが出きました。というのは、私とK子ちゃんは、ベルリンに3泊したので、(3泊目の日から、3日間、フィルハーモニーホールでの定期演奏会でした)、ドイツ旅行最後の夜、シックでクラシック音楽にふさわしいおしゃれをして、(K子ちゃんの黒のワンピース姿、それは、それは、ステキだったのですよ!)演奏会へ出かけました。私にとっては、最後の夜を最高の音楽を聴いて過ごすという、この上ない贅沢かつ至福のときでした。

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(ホール中の写真は、大きくなり、パイプオルガンがおおきくみれますよ)

<フィルハーモニーホール>

1963年完成、設計者は、ハンス・シャウロン。

舞台を観客席が取り囲むような形になっている。5つぐらいのブロックに別れているのだか、どのブロックでもそれなりに楽しめるホールである。オーケストラの後ろ側の客席は、指揮者と対話できるのできっと全然違う面白さがあることだろう。

外観は、テントを張ったような形をしているので、「カラヤン・サーカス」の別名もあったとか。

このホールは、東京のサントリーホールのモデルになったそうで、確かに似た作りである、サントリーホール入り口前の空間は、「カラヤン広場」と名づけられている。定時には、入り口上のからくり時計の人形が演奏を始める。

チケットは、ベルリンフィルのホームページから購入できる。(英語あり) チケットの売り出しは、今回は、1ヶ月前だった。売り出し初日に購入したので、正面のとってもいい席が取れた。H・Pから購入してクレジット決済をすると、メールで予約票が送られてくるので、それを開演30分前までに、当日、窓口でチケットに交換しなければならない。行わないと、無効となる。(当日券となってしまうのかもしれない。)交換窓口は、90分前に開く。その時点で、開場されているので、入場可能である。結構ネットで予約して引き換えている人がいた。

今回は、一番いい席で、65€ (7800円くらい) (日本での公演だと30.000円くらい)

ホワイへは、びっくりするほど広々としていた。1時間以上時間があったので、K子ちゃんとシャンパンで最後の夜に乾杯。(9日間一緒に行動してくれてありがとう。)

ショップもあり、CDや音楽書籍を販売していた。

開演は、20時。日本に比べると、1時間遅い。

(ヨーロッパは、たいてい、コンサートだと20時、オペラなどは19時開演である。)

(途中入場は、できない。日本では、遅れてくる人を考えて、最初の1曲、短いプログラムを入れることが多いが、ヨーロッパは、そんな配慮は見られない。きっと、十分余裕を持って到着し、ホワイエで、ゆっくりどうぞ、ということなのだろう。)

<プログラム>

指揮者やソリストのプロフィールなどをのせた詳しいプログラムは、2€で販売。

演目は、

♪ 交響詩『ドン・キホーテ』 作品35    リィヒャエル・シュトラウス 作曲 

     ~序奏、主題と10の変奏曲、ファイナル~

♪ 交響曲第1番 作品55             エドワード・エルガー 作曲

     ~全4楽章~

そういえば、ドレスデンのゼンパーオ-パーで見たオペラも、リィヒャエル・シュトラウスでした。 

 

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ベルリンといえば(1)

「ベルリン」といわれたら何を思い浮かべるだろう?

私が、一番に頭に浮かぶのは、「壁の崩壊」ではないだろうか。1989年11月、私がそのことを初めて耳にしたのは、小学校の保護者会のときだった。あれから22年、ベルリンは随分変わったのだろう。今回訪れたベルリンは、とても近代的、モダンな都市にみえた。たった2~3日で、ベルリンがわかるわけもないが、私が訪れた場所は、少なくともそうだった。

今現在も発展していると言えそうだ。ベルリンのメインの鉄道の駅は、ツォー駅からベルリン中央駅に移行。ドイツ鉄道の駅で書いたとおり、とても立体的なモダンな駅だった。空港も、テーゲル空港から、今年、2012年にブランデンブルグ空港(シェーネフェルト国際空港を大幅に拡張)が開港する予定。それに伴い、テーゲル空港は閉鎖とのこと。

益々、進化・発展していくのだろう。ぜひとも、もう一度訪れたい都市である。

~ベルリンTODAY~今日のベルリンを知るための昨日のベルリン!~

このサイト、とても面白いです。ベルリンのことが、よくわかります。

ベルリンネット だと もっといろいろな分野があります。<ベルリンTODAY>は、べりりんねっとの一部です。

「壁」の名残、見てきました。(もちろん!!)

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(写真は大きくなります)

右の方に偶然人が写っていますが、壁の高さは、人の背丈の2倍かそれ以上あります。

ここの壁は、落書きも何もありませんでした。壁の向こうは、旧東ドイツの建物。いかにも殺風景。壁と旧東ドイツの建物の間は、道路でした。壁のこちら側は、歩道。その手前は、地面を掘って、レンガを積んであったのですが、何なのか、なぜそうなっているのか、わかりませんでした。この壁は、100m以上続いていたと思います。

今、『地球の歩き方』(’06年版)を読み返すと、<「テロルスのトボグラフィー」という屋外展示(地下)がある。ここは、ナチス時代にゲシュタボ、SS本部があった場所で恐怖政治の時代をパネルで展示している。この展示に沿って壁が残っている。>という記載がありました。パネル展示は、何もなかったけれど、その名残かもしれません。(想像ですが)

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絵葉書などになっている壁、<イーストサイドギャラリー>には、行く時間がなかったけれど、

ポツダム広場に、観光用においてありました。

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上の写真のガラス張りの立派なビルは、ドイツ鉄道(DB)本社

<壁博物館 (チェックポイントチャーリーハウス)>

毎日午前9時から午後10時まで、 日本語のパンフレット有り。入館料 12.5€

「壁」を巡る事件と歴史、地下にもおよんだ逃亡劇を、生々しく物語る実物展示。世界中で展開する、人権のための戦い

自由と平和への灯を、50年間にわたって点し続けて来た「壁」博物館は、かの有名な「チェックポイント・チャーリー」に接して1962年に創設されました。ここで世界は分割され、再び統一されたのです。

1961年8月13日 ベルリン封鎖当時の様子や、東側から逃れてきたときのいろいろなルートや手段がパネルや写真で紹介されている。

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(写真左:壁博物館<チェックポイントチャーリーハウス>入り口 ここにも絵を書いた壁がおいてありました。)

(写真右:建物の外観)

「壁博物館」の3階の窓から、何気なく外を見たら、シャベルカーでなにか大掛かりな工事をしているのが見えた。

その場所は、壁を越えようとして命を落とした人たちの十字架が並ぶ場所だったのではないかと思うのだが・・・・・。

ドレスデンよもやま話

その1

私が持っている『地球の歩き方』は、’06年版である。その本には、ドレスデンの世界遺産の記事がある。新しいのを買おうと思ったが、きっと誰かが持っていると思い、るるぶのドイツの本を買ったら、ドレスデンの世界遺産が書いてない。始めは、なぜ書いてないのかわからず、なんでかな?と思っていたら・・なんと、

世界遺産登録抹消  だったのである。

ドレスデンのエルベ川沿いに広がる全長18キロの渓谷は、豊かな自然とバロック建築とが調和する美しい景観でで知られ、2004年に世界遺産に登録された。その当時から渋滞緩和を目的とする橋の計画があった。当然のことながら、推進派と反対派でもめた。翌年の住民投票で、推進派が勝利。橋の建設は進められた。ユネスコは、文化的景観が損なわれるから、橋ではなくトンネルにすることを勧めた、と同時に橋を建設すれば、登録を抹消すると警告。その後、2008年再び警告されるが、橋の建設は中止にならず、2009年世界遺産は抹消された。

何度も警告をだしたり、代替案を提案しているユネスコは、なるべく抹消したくないんだなと思うと同時に、

文化的景観、世界遺産登録という名誉よりも、そこに住んで生きている人間の生の生活の方がもっと大切なのだとういう考え方、トンネルという妥協策もあるけれど、そんなに膨大なお金はかけられないという考え方、このあたりが、いかにもドイツ人らしいというのでしょうか。

日本だったらどうするでしょうね?

その2

キリスト教にとって、クリスマスは最も神聖な日。祈りをささげるために、お店などは休みになってしまう。その代わり、クリスマスまでのおよそ4週間、食料品や日用品などを売る市が開かれた。この市が発展して、今のクリスマスマーケットになったとのこと。1434年以来、ドイツ最古の歴史を誇るのが、ドレスデンのクリスマスマーケットなんだそうだ。

ちなみに、ドイツの三大クリスマスマーケットは、

*世界最古のドレスデン
*世界一有名なニュルンベルク
*世界最大のシュトゥットガルト

なのだそうである。

その3

バチカン美術館所蔵、門外不出のラファエロ作「フォリーニョのマドンナ」が、アルテマイスター所蔵のラファエロ作「システィーナのマドンナ」が、一つの部屋で見られるという、2度とない幸運に恵まれた。

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それにしても、「システィーナのマドンナ」の下にいる2人の天使は、とても有名。

この部分だけ、いろいろなものに取り上げられている。

入場チケットもこの絵が印刷してあった。本のしおりに使っている。

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