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眠れる美女 日本文化の万華鏡 ~交流史のつづれ織り~

~ブダペストからウィーンへ戻る電車の中での出来事~



ブダペスト発 19時10分。(
2012/09/15



私たちは、18時半ごろ駅に到着しました。出発番線はまだ出ていません。サンドイッチや飲み物、子供はお菓子も買って戻ってくると、表示も出て、列車もホームに入っていました。座席を捜して落ち着くと、子供は、早速サンドイッチにかぶりついています。

6人用のコンパートメントに、予約はわれわれ2人。他の人が来ないといいなと思っていました。

もし日本だったら食べた後、なんの躊躇もなく寝るのですが、そうはいきません。乗り過ごすと、スイスまで行ってしまいます。発車のベルもアナウンスもほとんどなく、静かに走り出し、静かに到着します。日本のように、到着数分前に音楽が鳴り出し、大きな声のアナウンスがあれば、誰だって目覚めますけどね!とはいえ、朝早くから1日中歩き回っていたので(座ったのは、ランチのときと、王宮の丘の見晴台と、最後のカフェでお茶したときのみ)気づかないうちに眠ってしまうのではないかという心配もありました。

カメラの代わりに持ち歩いていた携帯電話にタイマーかけようかなどと話していたとき、ドアをノックして、1人の女性が入ってきました。「この席いいですか?」みたいなことを言って。年のころは、私と同世代か少し上に見えました。変な男の人だったりしたらいやだな、と思っていたので、ちょっと安心しました。

始めは、ありきたりの挨拶などを英語で話していました。この女性が話す英語は、ゆっくりで、はっきりしていて、とてもわかりやすかったです。でも、英会話が出来ない私は、だんだんついていけなくなり、<ああ! もうダメだ!!> と思った瞬間、

その女性の口から出た

 「 ○○○○○○○。」

とっさのことで、何という言葉だったか覚えていません。たぶん、私の目がまんまるくなっていたと思います。

「『 ○○○○○○○。』って、日本語ですよね! 日本語が話せるのですか?」

「私は、日本に長く住んでいました。」

思わず、「なぜ? 何のために? 何をしていたの?」と 聞いてしまいました。

「研究です。上智大学で教えていました。その後、筑波大学で教えました。」

それを聞いたとたん、今度は、子供の目が まんまるくなっていました。

「え!? 実は、私は・・・・」

それを聞いて、今度はその女性が、目をまんまるにしたのではなく、より親近感を持ってくれたように感じました。その女性が日本で活躍されていたのは、90年代~2000年代前半、子供が通ったのは、2000年代後半、

「あれはどうなったの? これは、いまどんな感じ?」そんな会話をひとしきりした後、当然のごとく、地震・津波・原発の話になりました。

たまたま、電気とかかわりのある仕事をしていた子供が、会社がどうのこうのということではなく、日本の電気事情のようなものを、自分がやっている仕事の方向から説明していました。彼女を納得させたとは、毛頭思っていませんが、背後に、政治や法律という問題が絡んでいること、発電所だけでなく送電線という問題もあり、また自治体との絡みなど、いろいろ複雑だということくらいは、理解してもらえたでしょうか?どうかな?

彼女は、英語もきれいだったけど、日本語もとても流暢です。発音がはっきりして、イントネーション・アクセントが自然なのです。「とても、美しい日本語ですね。」と褒めたら、にこっと笑って「ありがとうございます。 実は、ハンガリー語と日本語は、ウラル・アルタイ系の言語なので、元は一緒なのですよ。母音の発音、語順など、とても似ているのです。と、今度は、母音の説明を詳しくしてくれました。」

昔々、国語学の授業でそんな話を聞いたような気がするな・・などと思って、聞いていました。


ひとしきりしゃべったあと、(ほとんど彼女が話し、子供は問われたことに答えるだけ、わたしはただ相槌を打つだけでしたが、)

「お腹すいてきちゃったから、ちょっと、食事するわね。」といって、かばんから、食べ物を出し、 「今日は、ブダペストのお友達のところへ行ってきたの。このケーキ友人がやいてくれたのよ。」と1切れずついただきました。りんごの入ったふわっとしたケーキで、手作りの温かみのあるとってもおいしいケーキでした。彼女の食事は、ドイツパン(黒っぽいパン)にチーズのようなものをはさんだシンプルなものとビンから取り出してピクルスをつまんで食べています。飲み物は、水。とても、質素な食事でした。


ブダペストの観光の話をしたり、リスト記念館、博物館の話をしたりして残りの時間をすごしました。

リストから発展して、音楽、芸術、文化、の話しとなり、

文化とは、人間の心、人間の中から、自然にあふれ出てくるもの。内面からにじみ出てきたものが、文化なんですよ。」


というのが、彼女の考え。(である
と私は、理解しましたが、正しく理解できていたかはわかりません。)

<文化の交流、文化の比較>彼女の研究テーマのようにかんじました。

もうすぐ、ウィーンに着くというころ、お名前と著書をお尋ねしました。



眠れる美女 日本文化の万華鏡 ~交流史のつづれ織り~


という本を出版されています。


この本は、日本語に始まり、ドイツ語、韓国語、スペイン語、中国語、フランス語、ハンガリー語、そして、最後は、英語と、1ページに 8カ国語で、書かれているのだそうです。

彼女の名前は、Isabella・C・L・Kovacs (イサベラ・C・L・コヴァーチェ) です。

世界の最先端をいく、世界一の技術を持つ日本が、あんな事故を起こしてしまったということが、われわれには一番ショックでした。」
「日本ほどの力を持つ国なら、地震や津波だけであそこまではならないでしょう」とも。

そして、「日本は、被爆国ですから、原子力に対して NO!と言う 権利 を 持っているんですよ。」

「 チェルノブイリは、まだまだいろんな問題をかかえていることや、日本が、(作業をするために)被爆しても問題ないとする基準値を上げたことについても、危惧していらっしゃいました。」そして、「事故を起こした電力会社は、今、どうなってるの?」という質問。

ウィーンの改札を出て(改札と言うほどのものはありませんが)彼女と別れ、地下鉄に乗ってから、

子供が、「あ~、大学の講義みたいな3時間だった!」

あと2~3日すると、注文していたコヴァーチェさんの本が届きます。

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母と娘の中欧旅行2011・2012」カテゴリの記事

コメント

Shinai naru Budapest-Wien no "ichigo ichie" no katagata,

Tanoshii tabi no omoide arigatou gozaimasu. Tsui kono aida noyouna kanji ga shite imasu.
Watashino 8kakokugo no hon wo ki ni itte itadaite, totemo ureshiku omoimasu.
Gokansouno bunsho wo chodo ima yonde imashite, masumasu ureshiku narimashita.
Uchi no computer ha nihongo yomi/kaki ga dekimasu node, otayori wo tanoshimi ni shite imasu.
Mochiron, henji wo shimasu.
Ogenki de irasshatte kudasai, take care and may God bless you
Isabella C.L. Kovacs

Isabella C.L. Kovacs 様

コメントありがとうございます。
再会できたような気持ちで、とっても嬉しく思いました。夢のようです。

今、読み返すと、あの3時間のことをありありと思い出します。
記録として残しておいてよかったなぁと思いました。

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