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100点以外はダメなときもある

「運が悪い」と嘆く前に考えてみなくてはならぬことが沢山あるが、そのなかのひとつとして、人生には時に「100点以外ではダメなときがある」ことを知る必要がある。努力を続けてきた、という人のなかには、常に80点の努力を続けてきている人がある。確かにその人の「平均点」は人並以上どころか、大変に高い。ところが、100点以外はダメ、というときも80点をとっていては駄目なのである。

家族関係のことに例をとってみよう。

会社で沢山用事が重なり、しかも上手くゆかない。残業して頑張ったものの、そんなときに限って、いろいろとチグハグしたことが起こる。疲れ果てて家に帰ると、妻と子が浮かぬ顔をしている。話を聞くと、中学生の子どもが仲間に誘われて窃盗したのが露見して、母親が学校に呼び出されたという。こんなときが、「100点以外の答えはダメ」というときである。いい加減に説教しても、すこしぐらい怒ってみても、80点で駄目、98点でも駄目である。

 後から考えて「よかった」と思うことは、多くの場合、マイナスの形をとって顕われてくるものである。ピンチ即チャンスである。前記の場合、父親が100点の答えを出せば、それは親子が真に対話する絶好のチャンスである。こんなときに、「疲れているし、うるさいことだ、何とか早くすませて」などと考えると、もう駄目である。このとき、父親がどのようにするべきかという模範解答はない。しかし、自分には今100点満点が要求されている。これしかない、という自覚があるかないかで結果は大いに違ってくる。自分の持っているだけのものを、全力をあげてぶっつけてみるのだ。そこにはじめて本当の対話が生まれる。家族の対話が必要などといっても、それほどいつも出来るものではない、ピンチ即チャンスを生かしてこそ可能である。

ここには家庭のことを例にあげたが、仕事の上で同様の場合が生じることはよく了解できるであろう。誰かと交渉する場合、上司や部下と話し合うときもそうである。ここぞというとき100点をとっておけば、それ以外は60点でいいのだ。平均点は80点以下でも、その効果はまるで違ってくるのである。

100点を取るべきときは、例にあげたように突然発生するときもあるが、前もってわかっているときがある。そのときは、ちゃんと体調を整え、覚悟も十分にもって、万全の態勢で臨むことが必要である。運動選手は大切な大会に出場するときは、随分と前から調整してゆき、ここぞというときに全力を出せるようにする。そのようにしていても、いざ本番となると、自分の持てる力を十分に出せるものではないことは、オリンピックなどを見ていてもよくわかる。

人生にも、ここぞというときがある。それはそれほど回数の多いものではない。とすると、そのときに準備も十分にせず、覚悟も決めずに臨むのは、まったく馬鹿げている。ところが、あんがい、そのようなときでも90点も取ればよかろう、という態度で臨む人が多いように思われる。このような人が、自分はいつも努力しているのに、運が悪いと嘆くのは、ことの道理がわかっていないと言うべきである。

こんな人と違って、いつでも100点を取らぬと気がすまぬ人というのもいる。80点も100点も結果的にそれほど差のないときでも、100点をとるために努力する。このような人は素晴らしいと言えば素晴らしいのだが、いつも100点をとるために、だんだんと疲れてきて、一番大切な、「100点以外はダメ」というときは腰くだけになったり、うまく理屈をつけて逃げ出してしまったりするものである。それに、いつも100点を狙っているひとは、不用な努力を払っている分だけ不機嫌になったり、他に対して攻撃的になったりし勝ちになるものだ。100点はときどきでいいのである。

 ~河合隼雄『こころの処方箋』~

 偶然に出会った国語の問題文である。

 読んでいて、とても印象深かった。なぜか、いつまでも心に残っている。

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